雨音 8
僕の話を聞いてくれるかい?
僕は、昔父親と父親の再婚相手と暮らしていた時期があったんだ。
再婚相手はまなみさんと言って、僕の方が年が近かった。
僕は姉ができたと少しだけ嬉しくなって、まなみさんは弟ができたと喜んでくれていた。
まなみさんはとても寂しがりで、いつも父親を求めていた。
体も心も。
僕が入る隙間なんて一ミリもないくらいに。
だからと言って、まなみさんは僕を邪魔に思っていたわけじゃないと思う。
毎日美味しい食事を作ってくれて、いつも笑っていたから。
でも、僕の父親は出張が多い人でよく二人きりになっていた。
その時、僕は知ってたんだ。
まなみさんが僕の体を見ていたこと、父親の下着を抱いて眠っていたこと。
元々精神的に不安定だったのかもしれない。
でも、僕はずっと見て見ぬふりを続けてきた。
別に体を見られたからって何があるわけでもないし、父親の妻として下着を抱いて眠っても変なことでもない、と。
ずっと自分に言い聞かせてきた。
本当は体を見られるのも父親の下着を抱いて眠る姿もそれを僕に気付かれていることを知っているのに続けていたことも、全部気持ち悪かったのに。
僕は何も言わなかった。
まなみさんにも父親にも。
まなみさんが壊れたのは、父親が今までで一番長い出張をした時。
その日の夕食は僕が大好きなオムライスだった。
ご飯をしっかりとくるんでいる綺麗なオムライス。
まなみさんの得意料理だとも言えた。
僕が眠る前、まなみさんはしっかりとした口調で「おやすみ」って言ったんだ。
僕はそんなまなみさんを見たことがなかったから、何かあるのではないかと少し不安がよぎった。
不安は的中して、まなみさんは深夜に僕の体を舐めまわしていただんよ。
「寂しい」
って言いながら。
金縛りにあったみたいに体が動かなくなったんだ。
本当は叫びだしたかった。
やめてくれ!って助けて!って。
でも、僕の体も口もびくともしなくてただ黙ってた。
部屋を出て行く時、まなみさんはしっかりと僕を見ていた。
僕が気付いていることをまなみさんは知っていた。
なのに、次の日、満面の笑みで「おはよう」って言ったんだ。しっかりとした口調で。
それからしばらくしてまなみさんは死んだ。
自分で死んだんだ。
思い返せば死ぬ前の日、まなみさんは僕の顔を見に来た。
薄明りの中、薄目を開けてみるとまなみさんが目の前にいて声を出してしまいそうだった。
僕をじっと見ているまなみさんの目は、僕を見ていなかったように思う。
そして、次の日、まなみさんは死んだんだ。
わざわざ僕に遺書まで残して。
まなみさんは僕にどんな感情を抱いていたのかはわからない
でも少なくとも、僕はまなみさんを今でも憎んでいるよ。
それから、わからなくなってきたんだ。
本当の愛ってなんだろうって。